« 市ノ瀬・別当出合間6月いっぱいは通行不可 | メイン | 2007年クリーン活動のご案内 »

●会報しらやまNo73 2007年5月発行

絵手紙
大塚好美

目次

カンジキハイクに参加して
自然観察会(舘裏山)に参加して
事務局長からの手紙
自然保護団体紹介(その9)川西自然学校
トンネルに希望はない
5年目を迎える、白山国立公園内の登山道「市ノ瀬別山線」(チブリ尾根)管理委託事業
ちょっと一休み スミレ(Viola)属
白山を巡る沢旅(その18)~本峰周辺の沢・褐色の中の川 その3 火御子峰に舞う~
環境について考える14 ゴミの行方  その放浪の旅を追跡
事務局短信
新入会員
かんぱありがとう
私の声 みんなの声
でかけてみませんか
編集後記


カンジキハイクに参加して  安宅 大

今回初めて、カンジキハイキングに参加しました。きっかけは村上さんです。村上さんとは、バードウォッチンギグで知り合ったのですが、僕も鳥が好きなのですが山も好きだというので、誘っていただきました。今回歩いた医王山は、バードウォッチングしたり、鳶岩を登ったりと親しみのある山でしたが、冬の雪のある時期は歩いたことが無かったので興味がありました。カンジキについても一度だけ、カンジキを借りて、雪の平地を歩いたことがありましたが、山道ははじめてでした。そのため、と山にいったときに、佐伯さんの作るカンジキをひそかに買ってきました。
2月18日の天候は、曇り時々雨で、中止が心配されましたが、実施されました。8時に、見上峠に集合するため、自動車で向かいましたが、驚いたことに、2月というのに医王山のスキー場には、雪はほとんどなく、スポーツセンターまでの道も雪がほとんど残っていませんでした。見上げ峠につくと、車が7・8台止まっていて、あいさつをしました。通常は、ここからカンジキをはいて歩くそうなのですが、今年は雪がないため、医王の里まで車で行きそこから、歩くことにしました。
装備は、カンジキ・登山靴・合羽・昼ごはん・飲み物・カメラ・防寒具などで、合羽と登山靴以外は、スキーに行くときのような格好をしました。歩いているときは暖かく、じっとしていると寒いそんな気温でした。医王の里から、車道を歩き、西尾平までいきましたが、雪はあまりなく、登山靴だけで充分でした。去年とは比べものにならないほど雪の量が少なかったたようです。西尾平について、ようやくカンジキをはくことができました。
西尾平から覗に向かうように歩いていきました。途中、急な斜面を降りるようにして、桔梗ガ原におりていきました。ここは夏場は、笹が茂っていておりれないところです。冬で、案内してもらわないと来れない所だと思いました。カンジキの歩行は、面白いのですが、慣れないせいでか、かなり疲れました。天候はガスっていましたが、動物の足跡(主にウサギ)を観察したり、熊棚をたくさん見られました。とくに面白いと感じたのは、オオカメノキが新芽で万歳しているようで、とてもかわいかったです。オオカメノキの新芽に栗の実が引っかかっているのもありました。少し休息し、お菓子をいただいて食べました。こういうときの甘いものはとても美味しいです。
その後、急な坂を登って、登山道に戻りました。さすがに息が切れました。その後はしがらくびまで歩いていきました。途中に、マルバマンサクが咲いていて、春を感じました。斜面の雪が解けたところから、フキノトウが顔を出していたので、みんなでそれをとりながら歩きました。
医王の里で、昼食を食べました。寒いときの温かいものは格別でした。昼食後、解散しました。
今回、とても貴重な体験ができました。来年もぜひ参加したいです。案内していただきましてありがとうございました。




自然観察会(舘裏山)に参加して 
京藤 強

新聞にて自然観察会のお知らせを拝見して初めて参加させていただきました。
前日の雨天はどこへやら晴天の朝、胸はずませて、私と妻と孫(小学6年)の3人でどこへ散策するのか楽しみに、道の駅しらやまさんに午前8時集合、点呼の後は配車し私たちは自車で先導者に続き旧河内村へと、少し林道を登って下車。ここで自己紹介、注意事項等。ここが舘裏山とのこと。
2,3分歩くとカタクリの群生地に、アッと驚き一瞬歓声を上げました。今年は暖冬とはいえ冬の生活から春の衣替えを今か今かと待ちわびたストレスが一瞬に吹き飛ばされた気がしました。この場所にも自然保護の努力が見られ感謝、感謝。
次に、電力会社の点検用ハシゴを利用し山登り道は歩きやすく自然解説員の先生方に質問、質問、又先生は次々と名前やクイズ等、メモを取るのも大変、親切におもしろく笑わせながら解説してくださいました。
知らず知らずに昼近く(11時すぎ)少し早いが昼食を取る。何ともオニギリのうまい事。第一に天気の良い事第二に自然芽生え紅白ミドリ第三に空気のおいしさ等がオニギリに吸い込まれていくのではと思いました。アッ、ウグイスが鳴いている。休憩中にメモ用紙の名前を見ながら思い出し頭の整理をする。
午後1時前後出発、手取流域の町並みを展望しながら、又カタクリ街道に出る歩く隙間もない位で片方の足がつかないうちにもう一方の足を、空中を飛びたい思いでした。しばらくするとギフチョウが迎えに、ポーズまでとっているごとく近くに来る。シャッターチャンス、皆さん大喜びだ。
小休止を取り、本会の主旨、経過の説明を又舘裏山の由来を聞き、下山する。ふもとではハルトラノオが見られました。ちょっぴり肢に心地よい感じを覚えました。今晩はビールがうまいぞー。
午後3時全員無事に「雑木林春の詩」観察会を終了しました。最高デース、バンザーイ。これも事務局の方々、先生方の指導のおかげで、一日楽しく自然の導きを肝に銘じました。本当にありがとうございました。次回の行事にもぜひ参加させてください。




事務局長からの手紙 
事務局長 加藤 正現

去る3月11日(日)、28名の方が参加し、第18回総会が石川県生涯学習センターで開催されました。昨年の活動のまとめを行い、今年の活動方針について了解を頂きました。それでは、いくつかの項目に分けて、今年の活動内容について説明致します。

(1)白山トンネル建設計画について
この3月末に、以前情報公開請求を行っていた白山トンネルルート帯検討会についての説明会が県庁であり、石川県は岐阜県や国交省とかなりルートの絞り込みを進めているとの印象を受けました。今年は山場を迎えるのではとの思いを持っています。そこで会として早急に動く必要性を感じています。具体的には道路建設課への質問及び申し入れ、県議会での質問、参院選候補者への公開質問などこちらとしてもマスコミなどを利用しながら、動いていきたいと思います。皆さんもこの問題を注視して頂きたいと思います。

(2)チブリ尾根登山道維持管理作業について
今年度も県からの委託を受けることにしたいと思います。一番の問題は、参加者が少なくなってきていることです。この事業を継続していくためには、ぜひ会員の皆さんのご協力が必要です。一度参加をしてみて下さい。よろしくお願い致します。

(3)各種行事について
各回とも10名以上15名以内の参加者を確保したいと考えています。特に行事への参加を通して、新入会員を多く募っていきたいと思います。皆さんも一度どれかの行事に参加をいただき、さらに新しい人を連れてきて頂ければなお幸いです。行事内容についてもマンネリに陥らないよう工夫してまいります。

(4)会報及びホームページについて
会報は、私たち運営委員と皆さんとを結ぶ重要な架け橋と考えています。今年は、特に会員の皆さんからの原稿を募っていきたいと考えています。白山に関することや様々な情報などを積極的に事務局までお送り下さい。お送り頂く時期はいつでも結構です。皆さんの声をお待ちしております。また、ホームページもこまめに更新をしています。ぜひ一度アクセスしてください。また、リンク先を募っています。当会のホームページとリンクしても良いと思われる方がおいでましたらご一報ください。

(5)設立20周年に向けて
当会は3年後に会設立満20周年を迎えます。そこで何かかたちあるものを残したいと考えています。どのようなことに取り組んだらよいのか、皆さんのご意見をお聞かせ下さい。参考にさせて頂きたいと思います。

(6)その他
会の長年の懸案でありますトラストについてですが、今年もふさわしい場所を追求していきたいと考えています。また、白山の世界遺産登録の問題については今後とも動きを見守っていきたいと思いますが、会の中でも勉強をしていきたいと思います。

会員の皆さんと共に歩む会活動を進めていきたいと思います。今年度もどうかよろしくお願い致します。


自然保護団体紹介(その9)川西自然学校  当会会員 井上道博

川西自然学校

川西市は、大阪から北へJRあるいは阪急電車・能勢電車で1時間弱の通勤圏にあります。周りを400~600mの山に囲まれ、ニュータウンと残された山がモザイク状に入り組んだ所です。西暦970年頃、源満仲がこの地を開拓し子孫は足利・新田・武田・徳川などと栄え「清和源氏発祥の地」と言われています。

川西自然学校は、1992年にこの多田の地の舎羅林山をフィールドにスタートしたグループで、会員は正会員と機関紙「こけらだより」購読会員をあわせ約200人です。「こけらだより」は、16~20ページだて月1回発行の、今では珍しい手書きの多いニュースで、この4月号で160号を数えています。北は山形県川西町から南は屋久島の隣、口永良部島(くちのえらぶじま)までの読者がいます。

毎月第2土曜日の、山や川での例会の他に、春には野草を食べる会、秋にはきのこ鍋・芋煮会などの楽しい行事。ヒメゲンジボタル・ゲンジボタルの調査、セミ調査、鳴く虫を聞く会、猪名川やため池の水鳥調査、妙見山上一泊バードウオッチングや分科会的に多田のゴミ拾い隊、芋生川の掃除、加茂のヒメボタル生息域の掃除、黒川の里山整備、4~11月第4土曜の川西きのこクラブ(日本きのこ協会共催)など多くの行事を行っています。その他毎月市内49ヵ所の二酸化窒素の調査・川の水質調査や阪神間の道路ネットワークづくりや水源地である一庫ダムでの広域ゴミ焼却場反対運動などの自然保護運動も行っています。

さて話は変わりますが、機関紙「こけらだより」編集長の平田住職のお寺岡本寺(こうほんじ)に、江戸時代明和から天明の頃(1700年後半)に漢詩などを残した苧ら山人という人のお墓があります。生まれは能登鳳至郡鵜河村で金沢よりこの多田の地へ来て57歳で亡くなり、村人に葬られたとあります。又、川西能勢口近くに江戸時代の貿易商の銭屋五兵衛の碑もあり、石川県との縁を感じます。
私たちの住んでいる川西は、白山のように大きい自然はありませんが、都市に近い身近な自然を開発からまもりたいと活動しています。近くへ来られることがあったら行事への参加を歓迎します。また「こけらだより」の購読も可能です。


川西自然教室連絡先
Tel 072―792―8978 072―793―1298(夜間)
Fax 072―792―9009




トンネルに希望はない 
白山トンネル特別部会 栗山宏人

白山トンネル(加賀飛騨トンネル)のルート絞込みがルート帯検討会で急ピッチに進められている。ルート帯検討会は石川県、岐阜県、国土交通省の道路建設課レベルで構成、第1回を平成18年3月に開始し、合計8回の会合で平成20年2月に事務局案とPI(市民参画)プロセスを決定する勢いである。

■市民参画といえば聞こえは良いが、主導権は事業者側の国や県にある。第三者委員会を設け市民の意見を形式的に聞くが結論がひっくり返ることはまずない、しかもPIは1年程度で結論が出される。

■白山の自然を考える会では計画が発表された平成6年から一貫して「白山トンネルはいらない」と主張し行動してきた。一旦始まった公共事業は止まらない、地域高規格道路で国の指定を受けた計画が中止された例は一件もない。その裏には環境の保全より経済優先の建設促進側の産官一体の動きがある。

■今回、3月28日に公開されたルート帯検討会の情報(どのルートが有力かの内容は非公開)を基にあえて最適ルート案の予想を行う。
瀬波川から笈ヶ岳を経て白川に抜けるB計画帯のb(県境トンネル延長17km)であろう。

■主な理由は、国内最長の山岳トンネルを建設したい欲望、A計画帯では虎の子の白山スーパー林道が閉鎖されてしまうから。

■東海北陸道の飛騨トンネルが1月に貫通し来年3月には完成する。高山まで中部縦貫道が同時に完成する。小松から高山まで2時間で到達できる。白山トンネルが出来てもわずか20分の差となり建設促進側には不利、ルート絞込みと着工を焦りたくもなろう。

■高齢化ドライバー時代に入った、17kmもの対面交通トンネルは危険である。簡単に白山の女神はトンネル建設に微笑まない。




5年目を迎える、白山国立公園内の登山道「市ノ瀬別山線」(チブリ尾根)管理委託事業 
運営委員 米山 豊

早いもので、白山国立公園内の登山道「市ノ瀬別山線」(チブリ尾根)管理委託事業(以降管理委託事業)を、「白山自然を考える会」が受託してから4年を経、5年目を迎えることになりました。

〈 昨年の報告 〉
昨年から、チブリ避難小屋と岩屋俣谷川から登山道入り口の新道(長年、県、国交省と工事用道路と登山道を分離するように話し合いを続け、一昨年「考える会」が中心となり開き、昨年新道として認められました)の登山道の受託を受けることとなり、管理の範囲も増えました。
昨年は、9回延べ60人の人が、この委託事業に関わりました。登山道の巡検、草刈り、避難小屋の管理が主な仕事でした。
夏の暑い時期に、登りながら草を刈る仕事は(それも、すべて手作業)、けっこうしんどい作業なのですが、参加された人たちは、山を身近に感じながら、またいろいろな思いをもちながら、行っていたようです。ごくろうさまでした。
チブリ避難小屋に、ノートを設置させていただきましたが、登山者はこの登山道が民間に委託されていることに、さまざまな思いをもつようで、小屋まで登った時に、そのノートを読むのが楽しみになりました。
何はともあれ、事故もなく、無事に4年間を終えることができたことは、よかったです。

〈 さて、今年は 〉
今年度も、県から委託事業を受けることが決まり、5月から開始します。予定の日程を以下(10ページ でかけてみませんか)に載せました。参加される方は早めにメール等で連絡ください。

今年度から、新道の委託も増え増した。登山道の補修も行いながら行きますので、人手がいります。
今年は雪も少なかったので、たぶん6月、7月、9月が草刈りの中心になると、思います。汗もかきますが、結構おもしろいです。どんな風にして行っているのかの、ひやかしもOKです。ちなみに、小屋までは3グループに分け、小屋上部はまた別グループが行っています。
昨年の7月には稜線では、ササユリが満開でした。風が心地よかったです。みなさんの参加を待っています。




ちょっと一休み スミレ(Viola)属 
会員 三坂岳応

数多い「春の花」の中で、名前もよく知られていて、誰が見てもすみれだとわかる、人の顔を連想させる花を着けます。同属で園芸種のパンジーが「思索(パンセ=仏語)」するような花の表情から名付けられたのも納得できるでしょう。
花を構成する5つの花弁の内、下の花弁は「唇弁」と呼ばれ、後方に突き出た袋状の「距(キョ)」(ナガハシスミレは際立って長い)を持つ特徴ある形をしています。多くは花弁の基部にある蜜がこの奥まった距に貯えられるので、早春から活動するビロードツリアブ・マルハナバチ・ミツバチのように長い吸蜜用の器官を持つ昆虫だけが吸う事ができる訳で、確実に花粉を付けてもらう仕組みでもある訳です。
因みに、和名のスミレは、昔大工さんが木材に線を引く時に使った「墨入れ(墨壷)」に似た花の形からと言う説は(属名のビオラが、楽器のビオラやバイオリンの形に似ているからと言う説と共に)、いかにももっともらしく思えるのですが、この形の墨壷ができた江戸時代よりずっと古くからスミレと呼ばれていたようなので(ヨーロッパの方は、楽器と花の名とどちらが古いのか不明。バイオレットと言う色の名前からと言う説もある)、むしろ別名「相撲取草」(距の部分を引っ掛けて引っ張り合う子供の遊びからの名)と言うように、子供が遊びながらはやしたてた「スマイトレ!」から変化したと言う説の方に分があるかもしれません。

日本には、スミレ科の中でスミレ属(50種ほど)だけが自生。平地から高山帯まで、海岸(イソスミレ)やかなり湿ったり乾燥した所にも、道端のアスファルトの隙間にまで、多様な環境に多彩な種類が分布しています。(ムシトリスミレは全く別科の植物です。)
それだけ身近な割りにと言うべきか、その故にと言うべきか、案外よく見ていない人も多いのではないでしょうか。地域にもよりますが、多くの場合、漠然とスミレと呼んでいる中に和名「スミレ」V.Mandshuricaは意外に少なく、その他の多くのスミレ属も含めてそう呼んでいると思われます。それほど種類が多く、種の判別が難しいと言う事でもあるのでしょう。
多年草で、スミレ・スミレサイシンなど地下茎から根出葉を出すものと、タチツボスミレなど地上に明らかな茎が伸びてそこから葉を出すものがあります。又このあたりでは、地質年代的な気候変動の為でしょうか、冬になると地下茎だけが残って地上部には何も残らないヒメスミレなどの暖地性種と、冬でも地上部に木質に近い地下茎と青葉も残るオオタチツボスミレなどの寒地性種が混生しています。

花の色は、平野から低山では、圧倒的に紫色系が多いのに対して、山地から高山ではオオバキスミレ・タカネスミレなど黄色ばかりなのが不思議です。色彩理論では全く反対の「補色」でも、植物色素としては案外何か共通性があるのかもしれません。
出だしで「春の花」と述べましたが、実は必ずしもそうとは言えない面もあるのです。確かに私達がスミレの花だと思っている「花」は春にしか咲きませんが、その後夏から秋にかけて、よく見ると「花が咲いてもいないのに」次々に実が成るのです。実は花が無いのではなく花弁が無い「閉鎖花」を着け、その中で自花受粉して結実しているのです。

春は少ないながら他花受粉で遺伝子を組み替えた子孫を残し、その後は効率の良い自花受粉で同じ遺伝子型の子孫を量産しているのではないかと推測されます。
実が熟すと3片に裂開し、鞘状の果皮が種子を挟むように変形して種子を遠くへ飛ばす種類が多いようです。又種子に蟻が嗜好するエライオソームと言う付属体(カタクリなどの種子にもあって、実際には食べられない)を備え、蟻が餌だと思って運んだ先で騙された事に気付いて捨てる事で分布を広げるという戦略をとる種類もあります。・・・騙される蟻をバカにしてはいけません。お互い、おいしそうなモノには気をつけましょう!

タチツボスミレ
タチツボスミレ

アオイスミレ
アオイスミレ

ナガハシスミレ
ナガハシスミレ

キスミレ
キスミレ

シハイスミレ
シハイスミレ

スミレ
スミレ

スミレサイシン
スミレサイシン

ヒメスミレ
ヒメスミレ

大立壷菫
大立壷菫




白山を巡る沢旅(その18)~本峰周辺の沢・褐色の中の川 その3 火御子峰に舞う~ 
会員 鮎川正

白山・中の川地獄尾根。
中の川の地獄谷と仙人谷を分かつこの尾根は、火の御子峰と呼ばれるピークを擁し大汝峰へと突き上げる、白山本峰周辺では唯一のバリエーションルートとして知る人ぞ知る、憧れの存在である。岩間尾根(楽々新道)と北方稜線(中宮道)との間に位置し、無雪期には赤茶けた崩壊壁を抱く火御子峰を眺めた人は多いと思われるが、5月の連休では雪が落ちているので積雪期に純白の鎧をまとったこの尾根を間近で見た人は意外に少ないと思われる。この地獄尾根は79年に金沢大学山岳部が冬季初登をしている(「地獄尾根」という名称は金沢大学山岳部の命名かと思われるが、このまま使用させていただく)。84年の3月に第二登が山岳部の先輩たちになされた、その4月にどういうわけか山岳部に身を置くことになる。先輩たちの熱い語りでその存在を知っていつかは自分もトレースしようと心に誓って12年目の96年3月。岩間尾根を単独スキーで白山本峰まで駆け上がり偵察山行を実施した。ところが地獄谷を挟んで対岸の、研ぎ澄まされた針峰を有する地獄尾根をじっくりと眺めながら、実は目前の地獄谷の大斜面にも心は奪われていた。
これって滑れるんちゃう?
見える範囲で地獄谷のゴルジュ帯の少なく出口(上から見れば入口)まではまるで問題なし。雪崩の危険性は別にしても。もっともこの偵察山行では逸る気持ちは抑えて下山した。こんなところ滑るなんて誰が考えよう?トライする値は充分にある・・・・・。地獄谷滑降。積雪期の地獄尾根と並んで密かなる課題となった。

99年5月に単独で地獄谷滑降初トライ。しかし地獄谷下部ゴルジュの途中で雪割れで断念した。多雪のシーズンとなった、2000年4月の連休、物好きなパートナーを得て再度決行に移す。市瀬からスキーで白山本峰へ上がり、地獄谷を滑り仙人谷を登り、赤谷を滑って市ノ瀬に戻る、という欲張った計画である。火御子周遊のツアーである。今度こそ・・・・。
冬型の強風が吹きつける中、本峰を踏んで大汝のコルに下った。地獄谷を間近に雪崩への恐怖は滑落のそれへと取って代わっていた。果敢に飛び込む相棒氏がいなければ臆病な僕は逃げていたかもしれない。行くしかないよなあ。カリカリの斜面にびびりつつ地獄谷に飛び込んだ。広大な大斜面。慎重にシュプールを刻み高度を落すにつれて雪質は良くなる。大汝をバックに抜群のロケーション。火御子の崩壊壁を視野の縁に収めつついよいよゴルジュ帯に突入。落石もデブリも予想外にない純白の回廊が続く。廊下を右に回り込めば仙地出合。めくるめくる歓喜の滑走は意外にもあっけないものだった。さすがに仙地出合いから先は中の川の怒涛の流れが見えていた。
登りに取った仙人谷は温泉が湧くだけに下部は雪割れが多く苦労するも、やはりきれいな斜面が稜線まで続いている。上部はカリカリでアイゼンに替えてスキーを担ぐが火御子のスキー周遊は無事完遂となる。このときは赤谷も市瀬の出合付近まで滑れるというおまけ付きだった。
地獄谷が滑れるなんて!想像を越えた創造的白山山系ベストスキーツアーと、個人的な感慨も込めて言えよう。残す課題は、積雪期の火御子、地獄尾根。こいつは翌01年3月のトライとなる。

過去の金沢大学山岳部の諸先輩の記録、自分自身の二度の偵察共に岩間尾根を地獄尾根のアクセスに使ったが、2000年4月の間名古の頭周遊スキーで岐阜県側、大白川からのアクセスのほうが最短であると確認できた。間名古のコルから仙人谷に下り、地獄尾根の東北支稜に取り付けば地獄尾根、火御子一峰への最短距離だろう。軽量化を図り一泊の想定での速攻登山で火御子を目指した。
前夜平瀬泊。早朝4時過ぎ満天の星空の下、大白川のゲートを越える。大ノマの出合いまでは部分的に悪くデブリや落石でスキーを脱がされるが、その後は快調にスキーで飛ばす。間名古のコルに11時過ぎ着。ここにスキーをデポして中の川仙人谷側斜面を下る。ここはブナ林が美しくスキーにも手ごろだ。いつか来るかも。懐かしい仙人谷に降り立つが、雪割れは全く無い。この時期なら仙人谷も滑れそうだ。予定どうり地獄尾根の東北支稜に取り付きひざまでのラッセルを繰り返し地獄尾根上1880m付近に15時前着。目前には火の御子一峰が望め右には地獄谷、左には仙人谷の懐かしい大斜面。やはりロケーションは抜群にいい。ここに竪穴を掘ってビバークとする。なぜか夜半下痢となり寝苦しい一夜となる。緊張のせいか・・・。
翌早朝5時前気合を入れて出発。火の御子峰一峰ピークで夜が明ける。雲の動きが速く天候は下り坂。風はきついがまだ視界は十分。もちろんここまできて撤退など論外。スピードこそ安全への保険だ。ここから火御子二峰通過までが地獄尾根の核心部である。過去の記録から一峰の雪壁の下降に懸垂用の竹竿を用意したが、雪も安定しロープでビレイしすんなり下る。下部は雪解けが早く部分的に脆い岩場が露出していたが、雪は硬く締まり意外なほどあっさりコルに降り立つ。更にピナクル(岩峰)を右に巻いて二峰の登りは雪と脆い岩とのミックス。60m一杯で頂稜へ。二峰のピークはだだ広い雪稜に変わる。ここの下降もやはり脆い岩が露出しているがスタカット(隔自登攀)で問題なし。長年想い焦がれた割にはあっさり核心を通過してしまった。腹に力が入らないためちょうどよかったのかもしれない。ジャンクションピークまでコンテ(同時登攀)で進んでからロープを仕舞う。その後ただの雪稜歩きだが、途中岩稜部に1ピッチロープ使用。主稜線に9時40分抜ける。最もこの頃からガスガスで全く視界は効かない。余韻に浸る間もなく本峰は割愛して、コンパス頼みでだだ広い中宮道を下るも、白山の神々が咆哮するかの如く風雪が行く手を阻む。視界ゼロ。傍若無人に遊ぶ僕らに白山の神々が怒っているのかも。果たして迷わずにスキーデポ地まで辿りつけるのだろうか?恐怖を押さえ込みただコンパスを振りながら歩数を数え遅々と歩くしか還る術はない・・・・・。
(以下次号)




環境について考える14 ゴミの行方  その放浪の旅を追跡 
会員 三津野 真澄

私が毎日出しているゴミ。「果たしてどこへ運ばれどのように処理されるのかな?」ある日ふと思い立ちました。
この拙文を読んで下さっている皆さんも、きっと熱心にゴミを分別し各自治体のルールに従って出していると思います。自分が出したゴミはどこに行ってどのようにリサイクル・焼却・埋立されるかご存知ですか。
今回は、勤務先(加賀市の県立大聖寺高校)のゴミの行方を追跡したレポートをお送りします。

各教室からのゴミは『エコセンター』と呼ばれる集積所に集め19種類に分別されます。毎日の清掃の時間はゴミを運ぶ生徒で混雑しますが、SEP(聖高エコプロジェクトの略)委員の生徒が手際よく分別指導をしています(写真)。そして種類別に計量された後、次の道筋でゴミは処理へと出発していきます。
(1)可燃ごみ
学校→加賀市環境美化センター(以下美化センターと略)→焼却灰は埋立
(2)プラごみ
学校→収集運搬業者2社→美化センター→富山のリサイクル工場でプランター等にリサイクル
(3)紙類
学校で『コピー紙・わら半紙・雑古紙・ダンボール』の4種類に分別→南加賀地区でとりまとめ→福井の製紙工場でダンボール用紙にリサイクル
*紙の品位に応じて個々リサイクルされるので分別が必要との指導を受けて一生懸命に4種類に分けてきたのに、製紙工場に入ったら一緒くたという事実を知り唖然としました。しかし今年度は福井の製紙会社との契約だが来年度以降はどこと契約されるかわからない。将来に備えて紙質による分別は継続してほしいとのこと。う~ん、契約先によって分別の必要性に差が出るとは腑に落ちないよ‥‥
(4)アルミ缶
学校→業者A(加賀市)→美化センター→業者B(加賀市)→業者C(福井市)→アルミ会社で再利用(富山市)
*加賀市から出されリサイクルされる工場に届くまで、なぜ業者2社間を動くのでしょう。しかも石川から福井を経て富山へ行くとは、まるで放浪の旅です。経費もかかるし運輸から排出されるCO2量も相当なものなのでは?リサイクル業界がいったいどういう仕組みなのか疑問に感じます。
(5)ガラス瓶
学校→業者A(加賀市)→美化センター→(株)東洋カレット→(株)東洋ガラスでガラス瓶にリサイクル
*瓶は瓶に戻りますが、この過程で使われるエネルギーは多大です。使い捨ての瓶(ワンウェイびん)はLCA(ライフサイクルアセスメント)の観点からも環境負荷が大きいので、何度も使用できるリターナブル瓶か紙パックのものを選ぶ方が環境にやさしい!
(6)乾電池
学校→美化センター→(株)野村興産で高温処理し鉄、炭素、亜鉛・マンガン混合物の3種類に分離→それぞれリサイクル
*北海道北見市にある野村興産株式会社は日本で唯一乾電池をリサイクルする会社で全国の自治体から受け入れています。ここ加賀市からもはるばると北見市まで運ばれ処理されます。鉄、炭素、亜鉛・マンガン混合物の3種類に分離され、鉄は北海道内の製鉄所で再利用、炭素は同じく道内の冶金工場で燃料として利用。そして亜鉛・マンガン混合物は船に積まれて中国南京市まで行き、日系の家電工場でブラウン管原料に使われるとのこと。電話での問い合わせで、私「え~、はるばる南京ですか!」野村興産担当者「そうなんです、国内での利用方法が無いもので。しかし中国も豊かになってブラウン管テレビが売れなくなり、この工場も今年中には液晶テレビに切り替わるんですよ。ウチから出される亜鉛・マンガン混合物は行き先が未定で困っています。一方で全国からどんどん乾電池は運ばれて来ますし‥‥」リサイクルされるあての無い乾電池が押し寄せる光景を想像してぞっとしてしまいました。

ここでは紙面の都合上紹介し切れませんが、スチール缶、ペットボトル等も複数の業者を経由してリサイクルされます。しかしその経路は複雑怪奇。いずれにせよリサイクル工場に至るまで運輸により相当のCO2が排出される点は間違いありません。『3R(リユース・リデュース・リサイクル)と言われますが、今回のゴミ追跡調査によってユース(再使用)とリデュース(削減)が何よりも大切と強く思いました

sep
エコセンターでごみ分別の指導をするSEP聖高プロジェクト委員の生徒



事務局短信 

2月 2日(金) 運営会議(11名)
  18日(日) かんじきハイク・医王山(11名)
3月 2日(金) 運営会議(11名)
4日(日) 石川労山の総会に参加(1名)
   6日(火) チブリ尾根、県との反省会(3名)
  11日(日) 第18回総会(28名)
  14日(水) 事務局会議(4名)
  28日(水) 白山トンネルルート帯情報公開説明会(4名)
4月13日(金) 運営会議(9名)
  15日(日) 雑木林春の詩PART18




新入会員 

大岡英敏
大岡三重子
よろしくお願いします。




かんぱありがとう 

山本尚美
家倉平八
崎川栄治
河原京次
今井隆信
ありがとうございました。




私の声 みんなの声 

「いつも会報たのしみにしています。」山口 要

「30年前、はじめて白山に登ったとき、全山、花に埋まるほどのお花畑に感動しました。年々花が少なくなり山も荒れているように感じます。残念です。」今井 隆信




でかけてみませんか 

■6月3日(日)
クリーン活動(取立山)
集合:鶴来道の駅しらやまさん 7時
連絡:加藤

■6月24日(日)
自然観察会(赤兎山)
集合:鶴来道の駅しらやまさん 7時
連絡:村上


■チブリ尾根 管理事業

5月27日(日)第一回巡検と整備 

6月17日(日)第二回巡検と整備 

7月21日(土)第三回巡検と整備  (泊まれる方は、チブリ小屋泊)
7月22日(日)別山から、南竜に下山予定です

8月11日(日)第四回巡検と整備(小屋の掃除を中心に行います)

9月15日(土)第五回巡検と整備(泊まれる方は、チブリ小屋泊)
9月16日(日)三の峰から下山予定です

10月20日(土)第六回巡検と整備(翌日に釈迦岳ブナッ子の植樹地で、記念碑を建てる予定ですので、市ノ瀬に泊まる予定です。そのまま帰られてもいいです。)

いずれも集合は「鶴来みちの駅 午前6時」です。(夏は少し早くするかもしれません)小雨決行です。鎌等はこちらで準備します。(持参もOKです)
保険はこちらでかけます。参加される方は、遅くとも一週間前には連絡ください。交通費として一人1000~2000円を後日支給します。

連絡:米山 豊 


編集後記 

そろそろ山菜の季節ですが、昨年からちょっと変化が、家庭菜園をはじめたのです。野菜も一気に生長します。自分で作った野菜を無駄にするのは忍びなく、山菜を食べる暇がなくなりました。今年も野菜作りに精を出します。(K)